ハラスメントを禁止する包括的な法整備を求める要請
厚生労働大臣 根本 匠様
労働政策審議会 雇用環境・均等分科会委員各位
2018年11月19日
日本マスコミ文化情報労組会議
議長 南 彰
日頃より、あらゆる人が働きやすい環境の確立に向けて尽力されている貴委員会の委員の皆様に心より敬意を表します。
さて、現在、国際労働機関(ILO)では、仕事の世界における暴力とハラスメント(いじめ、嫌がらせ)を禁止する条約の制定に向けた議論が進んでいます。ILOの調査によると、対象になった80カ国中、仕事に関する暴力やハラスメントを規制する国が60カ国あるなか、日本は「規制がない国」に分類されました。グローバルな人権問題であり、労働者の参画や健康などにも影響するハラスメント問題への取り組みが遅れている実態が浮き彫りになっています。
そうしたなか、今年4月、当時の財務省事務次官による放送記者に対するセクシュアル・ハラスメントが発生。麻生太郎副総理兼財務相が「セクハラ罪はない」と加害者を擁護するかのような発言をし、政府の対応が遅れたことは、国内法の不備による弊害を如実に示すものでした。
メディア・文化・情報関連の職場で働く労働者がつくる「日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)」が今年7~8月にメディアの職場で働く人を対象に実施したWEBアンケートを実施したところ、以下のような結果が出ています。
・回答者(428人)のうち、女性でセクシュアル・ハラスメントを受けたことがある割合が74%で、受けた被害の種類は1人あたり約5種類。なかには「性的関係の強要」や「ストーカー行為」の被害申告もあった
・社外で取材をする記者(カメラマンを含む)の受けた被害では、基本的人権を定めた憲法を尊重し擁護する義務を負った公務員が「加害者」である事例も多い
・男女問わずセクシュアル・ハラスメントの被害にあった多くの回答者が「とても不快」で「相手に憤りを感じる」と答え、6.4%は「死にたくなるほど憂鬱」と感じていた
・一方、セクシュアル・ハラスメント被害にあっても74%が「相談しなかった・できなかった」と回答。その理由の上位は「相談しても解決しないと思う」「仕事に支障が出るかもしれない」「人事上の不利益を被る恐れがあるから」であった
この結果を見てもわかるように、被害者が勇気を持って告発した財務省事務次官の問題は、氷山の一角であることは明らかなのです。
1989年(平成元年)に国内最初のセクシュアル・ハラスメント訴訟を出版社に勤めていた女性が提訴して以来、セクシュアル・ハラスメントを中心に数々のハラスメントの実態が明るみに出て、男女雇用機会均等法では職場のセクシュアル・ハラスメント防止措置を経営側に義務付けるようにはなりましたが、いまだに個人にセクシュアル・ハラスメント行為を禁じたり、何がセクシュアル・ハラスメントかを法律で定めたりはしていません。
このため、被害者が労働局に相談しても、経営側が措置義務を問われるのみで、受けた行為がセクシュアル・ハラスメントかどうかは判定されず、強制わいせつなどの刑法犯に問える極めて悪質な事案以外は裁判で民事責任を問うしかなく、多くの被害者が泣き寝入りする状況が続いています。また、パワーハラスメントに至っては、経営側の防止措置義務すら法的に存在しない状況が放置されています。
長い年月を経ても、被害のトラウマが残り、記憶から消すことが難しいのがハラスメントの特徴です。被害だけでなくその後の対応に傷つき、休職や離職に追い込まれた仲間もいます。被害者の尊厳を著しく傷つけるだけでなく、経済的打撃も与えるのです。経営側にとっても大切な人材を失い、企業ブランドにも傷がつくことは大きな損失です。加害者も被害者も出さないことが経営側の責務です。立法、行政、司法などの公的機関も当然、その重い責務を負っています。
平成の30年の間にも克服することができず、日本社会の宿痾のようになっているハラスメントに対する実効性のある法整備は急務です。パワーハラスメント対策、女性の活躍推進法・男女雇用機会均等法の見直しがおこなわれている貴委員会において、下記の事項に積極的に対応していただくよう要望します。
―記―
●包括的な法規制の整備
日本では現在、セクシュアル・ハラスメントやマタニティ・ハラスメントが限定的に男女雇用機会均等法で規制されていますが、職場におけるハラスメント(いじめ・嫌がらせ)全般を規制する法律がありません。来年の制定を目指して、ILOで議論されているハラスメント禁止条約を批准するために必要な国内法が整備されていないのです。これは経済協力開発機構(OECD)加盟国の中でも、日本、チリ、ハンガリーの3カ国のみです。また、各種ハラスメントは、個々の明確な区分が難しく、複合的な事案として発生することも多いので、法律ごとに監督行政が縦割りにならないよう、相談窓口の設置や予防対策など、総合的に行うことが求められています。このため、セクシュアル・ハラスメント、パワーハラスメント、マタニティ・ハラスメントなどを含む職場のあらゆるハラスメント行為(いじめ・嫌がらせ)を包括的に禁止する法律を制定することを求めます。
●「人権侵害」と禁止行為などの明文化
人権を尊重し、擁護すべき政府の高官がハラスメントの加害者の肩を持つような発言を繰り返しています。「ハラスメントのない社会」を実現するためには、職場におけるハラスメントが許されない「人権侵害」であることを社会的に明確に周知するための法規範が必要です。趣旨説明などで、ハラスメントが「人権侵害」であることを法律で明文化するよう求めます。
また現状は、セクシュアル・ハラスメントを含め、どのような行為がハラスメントにあたるのかについて、法的に明確な基準がありません。このため、労働局は被害者が求めている違法性の認定に踏み込まず、企業内での調査でも、加害者と被害者の「受け止め方の違い」で処理されたり、「事を荒立てないように」と経営側に都合のよい解釈で扱われたりするケースが後を絶ちません。
国を挙げてのハラスメントの実態調査の実施や過去の判例などに基づいて、職場におけるハラスメントの種類や判断基準、禁止行為などを明確に示して禁止することを求めます。
●就業規則への明記
労働者にとって就業規則でハラスメント行為が禁止されていることが、被害の抑止と救済を実現する重要な足がかりになります。ハラスメント行為の禁止を就業規則に盛り込むことを法律で明記するよう求めます。
●「第三者」からの被害やフリーランスを保護対象に
「顧客」や「取引先」「取材先」は業務遂行上の必要からやむを得ず付き合っている相手で、「職場」という概念の領域です。これは厚生労働省の男女雇用機会均等法のマニュアルなどにおいても示されてきた考え方です。
日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)のセクシュアル・ハラスメントに関するアンケートでも、企業外の「第三者」から被害を受け、「仕事に支障が出るかもしれないから」などの理由で泣き寝入りしている実態が浮き彫りになりました。経営側の事後措置義務が発生し、被害者が保護されることを明確にするため、業務上のハラスメントの「加害者」として、「顧客、取引先、取材先など」の第三者を明記して、経営側が措置を行うことを明文化するよう求めます。また、経営側が保護する「被害者」の対象には、フリーランスや業務委託先の担当者も含めるよう求めます。
●被害者の相談・救済体制の強化
セクシュアル・ハラスメントを中心に、ハラスメント行為が認知されても、「被害者が加害者を追い詰めようとして訴えた」などという誤解や偏見が生まれ、バッシングを受けるなどの二次被害を受けるケースが後を絶ちません。そのために職場の人間関係が損なわれ、被害者が精神的に追いつめられて退職するケースもあります。
また、ハラスメントは身体的・精神的ダメージを伴う人権侵害であり、休職や離職などの経済的な打撃を招く危険もあります。被害者が通常の社会生活や業務に戻るには、加害者から被害者に対する謝罪や賠償などのけじめが必要ですが、企業内の調査で「被害」の判断をあいまいにして被害者を異動させる、あるいは加害者と被害者の両者を異動させるという、被害者にとって不利益な人事措置もたびたび起きています。「事後措置義務」を規定し、被害者の相談・救済体制を強化することを求めます。
現状では、従業員規則など社内規定に基づいて、ハラスメントの実態を調査・認定し、人事処分などの意思決定を行う機関における男性の割合が高い状況にあります。特にセクシュアル・ハラスメントは、男性のみに偏ると、男性の感覚で処理をしがちで、多くの場合は女性である被害当事者の声が届きにくいのが実態です。事後の人事措置を行う社内機関のジェンダー比率も均等を目指して見直しを義務化するよう求めます。
●加害者への対応
ハラスメント行為が認定されても、加害者に対しては従業員規則などに基づく懲戒処分を行うか、雇用など生活全般にわたる影響を避けるためにあいまいな判断をくだすかという、二者択一になりがちで、労働組合でも対応に苦慮しているケースがあります。また、ハラスメントの加害・被害の有無をうやむやにして終わらせた場合、加害者側の自覚がないまま、別の職場で加害を繰り返す事例も数多く見られます。被害と加害のこれ以上の負の連鎖を止めるために、加害者への処分制度として「加害者への教育的指導」を取り入れ、それに対する基本的姿勢や必要性を法律で規定するよう求めます。また、その教育的指導を行うために、政・労・使によるセクシュアル・ハラスメントなどのハラスメント教育プログラムの研究、制度実施をサポートするための専門機関設置や更正プログラム作成と導入を規定するよう求めます。
●性暴力やセクシュアル・ハラスメントの証拠採取の強化
セクシュアル・ハラスメント被害のなかには、強姦・準強姦、強制わいせつ罪の事案も含まれていますが、密室で証拠がないことを理由に、経営側が適切な処分を行わない事例があります。被害者は「訴えても何も変わらない」と泣き寝入りし、加害者は再犯を繰り返す一因です。性暴力やセクシュアル・ハラスメント被害者の対応は各都道府県の警察などの裁量によって異なっており、証拠を採取できるレイプキットや技術が産婦人科や救急病院などにもあることも広く知られず、十分な証拠採取に至っていない実態があります。これでは被害は減りません。性暴力やセクシュアル・ハラスメントの証拠採取について、国がレイプキット、専門カウンセラー、セカンドレイプにならない聞き取りができる警察官など証拠採取に関する予算などの万全の措置を講じ、配置・配布される場所を明文化するよう求めます。
●国際社会との連帯
ILOが来年の制定を目指しているハラスメント禁止条約について、今年6月のILO総会で、ヨーロッパやアフリカ、中国などが条約化を支持するなか、日本政府は立場を留保し、国際社会に人権後進国の印象を与えました。国会では外国人労働者の受け入れを拡大する出入国管理法改正案の審議が行われていますが、多文化共生社会が進み、2020年には東京オリンピック・パラリンピックを開催する国として恥ずかしい状況にあります。国内の労働現場に広がる深刻なハラスメント被害の実態を重く受け止め、国内法の整備を速やかに進めるとともに、日本政府が率先して、ILOのハラスメント禁止条約制定に賛成するよう働きかけることを求めます。
以上