第136回定期大会特別決議:新型コロナウイルス禍を乗り切り、新聞労働者と産業の未来につなげるために

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、政府が「緊急事態宣言」を発令しました。新聞は、政府の基本的対処方針(3月28日)で「国民が必要最低限の生活を送るために不可欠なサービスを提供する関係事業者」の中に明記され、事業継続を要請されています。

 報道機関として、市民への正確な情報提供と、強い権限を持つ政府や自治体が適切に権限を行使しているかの監視が重要になる一方で、販売、営業、印刷、制作、編集、システム、総務など新聞産業に携わる労働者の安全確保は命にかかわる喫緊の課題です。終息時期が見通せないなか、「安全性」を担保しながら、市民の「知る権利」に資する持続可能な新聞発行・報道の態勢づくりが急務です。

 今回の対応を誤ると、労働者の健康と新聞産業の未来に深刻な影響を及ぼす恐れがあります。在宅勤務へ移行し、状況把握ができていない経営幹部も見受けられますが、労働現場は近年進行したリストラ策もあいまって、疲弊しています。公的機関にも働きかけながら、日本新聞協会と各社が対策を早急に進めるよう求めます。

1、職場の安全確保について

 新型コロナウイルスの市中感染が広がり、新聞・通信社で働く労働者にも不安が広がっています。本社だけでなく、支社・支局などを含めたあらゆる職場の衛生管理を徹底するとともに、免疫力の低下を防ぐため、長時間労働などの従来の働き方を徹底的に改める必要があります。特に基礎疾患がある従業員や妊娠中の従業員には十分な配慮が必要です。誰もが安心して働ける環境をつくるため、経営側に以下の対策を徹底するよう求めます。

【1】入室基準の厳格化・健康管理

●症状(熱や咳、息切れ、呼吸困難など)のある従業員に対し、有給の特別休暇を創設した上で出勤停止にすること。また、「37.5度以上、咳、全身倦怠感などの症状があれば出社しない」という認識を社内で共有し、発熱やひどい咳をしている従業員・訪問者の入室を防止する基準を策定すること。

●訪問人数を制限し、入口や訪問者が立ち入れる場所を限定すること(食堂の利用者制限や一斉利用の禁止、時間制、少人数制など)。

●入室時に検温を行い、訪問者に対しても、手洗い、手指の消毒、うがいを強く要請すること。

●飛沫感染や接触感染を防ぐため、手洗い用石けん・消毒液を適切に配置し、従業員にマスクを配布すること。

●職場の清掃・消毒の回数を増やすこと。特に、玄関のドアノブや訪問者用のトイレなど、多くの人々が接する場所や共用パソコンのキーボード・マウスはこまめに実施すること。

●コートは玄関出入り口に掛けるか、自身のロッカーへ入れるように指導すること。また、訪問者のコートを預かった従業員は、コートを手で持ち、腕に掛けるなどして自分の体に付着させないように指導すること。

●万が一、感染した場合の追跡調査や防止策を講じるために必要となる訪問者の「入室記録」を作成・管理すること。訪問者の氏名・住所を把握し、海外からの訪問者については、本国での住所や直前の滞在国、旅券番号も記入してもらうこと。

●早期発見により感染拡大を最小限にとどめ、適切な処置を受けられるよう、症状が認められた従業員の受診を勧奨すること。

●ワクチンが開発されたら、新型インフルエンザ等対策特別措置法第28条に基づいて、速やかに従業員が「特定接種」を受けられるよう、事前の登録を行うこと。

【2】社会的距離(ソーシャルディスタンス)の確保

●整理・制作などの内勤職場を中心に、ソーシャルディスタンスを確保するため、1.6~2メートル以上の対人距離を保ち、向き合って座らないように職場内の机の配置換えを行うこと。

●フレックスタイム制などを活用し、職場内に同時にいる従業員の人数を減らすこと。

●会議や訪問者の応接などの際には、それぞれが十分な間隔を空けられる広めの会議室や応接室を使用すること。

●従業員や訪問者同士が不必要に接近しないように、階段の上りと下りを分けたり、通路を一方通行にしたりすること。窓口・受付などでは、ビニールシートやアクリル板などの仕切りを設置して、飛沫に接しないようにすること。

●ラッシュ時の公共交通機関の利用を避けるための時差出勤を推進すること。また、外出を余儀なくされた場合も、車・自転車・徒歩などによって、不必要な人混みに近づかせないこと。

【3】業務のスクラップと、在宅勤務や新しいコミュニケーション手法の推進

●不要不急の業務や感染リスクが高い業務を一時停止し、重要業務を重点化すること。

●出張や対面による会議を控え、できる限りオンライン会議に切り替えること。

●長時間労働や不規則な働かせ方によって、従業員の免疫力が低下することがないように、会社全体で仕事の配分を見直し、1人1人に無理のかからない態勢をつくること。特に新型コロナウイルス関連にたずさわっている部署の従業員は1月以降の疲労が蓄積しており、早急に休養を取らせるなどの対応をすること。

●在宅勤務を推進すること。通信機器などの整備は社側の責任で行い、在宅勤務の実態にあわせた就業規則の見直しも行うこと。育児や介護をしながらの在宅勤務も可能にすること。

●在宅での勤務環境に個人差があり、通常通りの仕事をこなすことが難しい事情も認識したマネジメントを行うこと。政府が実施している「新型コロナウイルス感染症対策のための小学校等の臨時休業等に関連した企業主導型ベビーシッター利用者支援事業におけるベビーシッター派遣事業」を活用したり、社独自のベビーシッター補助を充実させたりするなどして、育児中の従業員の在宅勤務の負担を軽減すること。今回の事態では、性別役割分業意識が社会に根強く残るなか、女性従業員に大きな負担がかかっている。在宅で成果を上げられない従業員に対して叱咤をしたり、評価の引き下げをしたりせず、必要があれば休みをとれるよう十分に配慮すること。

●対面のコミュニケーションが難しくなり、職場の意思疎通に支障を来す恐れがある。長時間勤務や勤務時間終了後の居酒屋などに依存しがちで、育児中の従業員などが参加しにくかった従来型のコミュニケーションを改める機会ととらえ、在宅勤務が普及している他業種の事例も参考に、新たな職場のコミュニケーション手法を推進すること。

●入社したばかりの従業員に対する指導・研修を工夫して行うこと。

【4】事業継続計画の策定など

●欠勤者が出た場合の代替要員の確保や複数班による交替勤務制などを盛り込んだ事業継続計画を策定すること。特に、「非常時」を理由にした無理なローテーションにならないようにし、従業員のメンタルヘルスに気を配るようにすること。

●保護者の職種などによって認可保育所や学童保育の受け入れを限定する「特別保育」については、新聞が政府の基本的対処方針で「国民が必要最低限の生活を送るために不可欠なサービスを提供する関係事業者」の中に明記され、事業継続を要請されている点を踏まえ、自治体に従業員を対象にするよう働きかけること。

2、国民・市民の「知る権利」を支える取材網を維持するために

 労働者の「安全性」を前提にしたうえで、取材活動を維持することは、国民・市民の「知る権利」を保障し、新聞産業の信頼性・存在感を保っていくうえで重要です。

 1月に国内初の新型コロナウイルスの感染が確認されて以降、密集した空間のなかでの記者会見やブリーフが続けられている取材拠点があります。安全性を確保するために早急な改善が必要です。

 また、今回の事態はさまざまな分野と関連しており、多様な角度からの取材が欠かせません。とりわけ、根強い性別役割分業意識によって家庭内でのケアの負担が増している女性記者などが報道の現場から遠ざけられる結果にならないよう、ジェンダーダイバーシティを確保する工夫が必要です。「危機」に便乗した取材制限や報道の自粛要請の動きがありますが、記者登録制を導入し、「大本営発表」一色に染まった戦前の報道の過ちを繰り返してはなりません。むしろ、「歴史的緊急事態」と政府が閣議了解した今回の事態を、情報開示に消極的な日本政府の姿勢を改めさせる契機にしなければなりません。政府や自治体などに対し、以下の点を強く要請するよう求めます。

●記者会見やブリーフについて、それぞれが十分な間隔を空けて取材ができる広めの会議室や講堂に会見場を早急に移設すること。

●多様な質疑を確保するため、記者会見の回数や参加人数の制限をしないようにすること。政治家などが長時間の「冒頭発言」を行う場合には、あらかじめ記者会見から分離し、「質疑」の時間を十分に確保すること。

●ネット会議システムなどを活用したオンライン上の記者会見・ブリーフを導入すること。

●政府・自治体内の会議についての会議録の作成と早急な公開を求めること。対面型の取材の継続が難しくなるなか、特に専門家会議など政府の意思決定に深くかかわる会議については、小泉政権時代の経済財政諮問会議のように迅速に会議録を公開すること。これまで報道機関に公開されていた会議については、オンライン化するか、音声データを報道機関に即時公開すること。

●新型コロナウイルスへの対応を理由にして批判的な言説を封じたり、報道への介入をしたりしないこと。

●庁舎内への報道関係者の入庁制限には反対するが、万が一の備えとして、「日本記者クラブ」の活用など、報道機関側として自前の取材拠点を確保すること。

●政府が「新型コロナウイルスの感染拡大防止に資する統計データ等の提供」を携帯電話やプラットフォームの事業者に要請しているが、公権力と通信・プラットフォーム事業者の間で守られるべき通信の秘密があいまいになり、公益通報者の保護や取材源の秘匿が損なわれることがないよう、報道機関として厳重に監視すること。

3、正確な情報を届ける配達網を死守するために

 新聞社の報道を支える最大の収益基盤は「販売収入」です。ネット上などに虚偽の情報が飛び交い、正確な情報に対するニーズが高まる一方で、事業所の閉鎖や家計の逼迫、訪問営業の自粛などによって、販売現場を取り巻く環境は厳しさを増しています。十分なデジタル収益を確保するビジネスモデルも構築できていないなか、配達網が崩れると、新聞経営や報道、国民・市民の「知る権利」に致命的な打撃を与える恐れがあります。新聞産業の収益を懸命に支える配達網を死守するために、以下の対応を求めます。

●衛生状態を万全にし、従業員と読者の安心感を与える販売店の対策に対し、従業員のメンタル面でのケアも含めて、資金・物資の両面で支援すること。

●販売店従業員やセールススタッフらの雇用を確保するための支援をすること。

●チラシ収入や部数の減少を踏まえ、安定的で持続可能な新聞社と販売店との柔軟な取引を検討すること。

●配達網の維持のため、各社の協力体制を検討すること。

●政府や自治体の支援策を販売店や販売店従業員に周知徹底すること。

4、正当な労働者の権利の保障

 新型コロナウイルスへの対応によって、様々な職場の業務の負担が増しています。そうした負担は在宅勤務になって経営側から見えにくいものもあります。

 広告出稿の大幅な減少や、主催事業・イベントの中止などで減収が予想されますが、リーマンショック以降、経営側は人員減やアウトソーシングなどを断行し、利益剰余金は2008年からの10年間で約30%増加しています。設備更新引当金や退職給与引当金などを「負債性引当」として計上している社も多いのが実情です。夏や冬の一時金で「新型コロナ」を理由に大幅減額を提示してくる可能性がありますが、経営側は過去に一時金についても「安定支給」を主張していました。今こそ内部留保を活用し、新聞産業の危機を懸命に支える労働者にしっかりと報い、生活とその志を支えるべきです。

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、自身や家族の感染や疑いがある場合や、学校閉鎖による子どもの見守りなどで休業を余儀なくされた従業員が出ています。業務の一時的な縮小で会社都合での休業を指示される事態も見込まれます。会社都合での休業は労働基準法26条により「平均賃金の100分の60以上」の支払いを義務付け、自身が感染した場合の休業は、健康保険組合に加入していれば健康保険法99条に基づき、傷病手当金として「月額賃金の3分の2」が支給される仕組みになっています。厚生労働省によると、業務または通勤に起因して新型コロナウイルス感染症を発症した場合は労災保険給付の対象にもなりえます。しかし、家族の感染やその疑い、学校閉鎖に伴う休業のケースでは、賃金補償の法的規程はなく、年次有給休暇や看護休暇を利用するしかない状況です。法の不備を補い、従業員が安心して働き続けられるような補償の枠組みを設けることが大切です。

 また、新聞業界においても非正規の社員が増加していますが、「派遣切り」などを報じる立場の新聞社の足元で理不尽な労務政策が進めば、新聞産業は信頼を失います。雇用形態にかかわらず、新聞社を支える仲間の雇用や権利を守ることが必要です。経営側に以下の対応を強く求めます。

●従業員やその家族が感染または疑いがある場合、または学校休校などで子どもの見守りが必要な場合、欠勤・休業を全額補償すること。経営側が一方的に「年次有給休暇」を使うように従業員に指示をした場合は労働基準法に抵触する。(自身や家族に感染が疑われたり、小学校などが閉鎖された時に子どもの見守りが必要とされたりした場合の休務期間を、有給の特別休暇とする制度を導入した北海道新聞の事例を参考にする)

●会社都合による休業の場合、全額補償すること。

●会社都合による勤務時間の変更(降版時間の前倒しなど)を理由に手当などを削減しないこと。

●同様の事態を想定し、災害時などの賃金補償に関する労働協約を締結すること。

●非正規社員と正社員の不合理な格差が生じないようにすること。特に時給制で働く非正規社員は、労働日や労働時間の減少が死活問題になる。時給制などで勤務する非正規社員に対し、欠勤や早退があっても、正社員同様に生活保障の観点から賃金の全額補償をすること。また、当然のことながら派遣切りは行わないこと。

●関連会社など取引先の従業員もコロナ禍の厳しい状況のなかで業務を行っていることに留意し、無理な業務や要求を押しつけないこと。

●内部留保を活用し、賃金や一時金の水準を維持すること。

5、新入社員の採用について

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、すでに新入社員の採用試験にも影響が出ています。急に採用数を抑制すると、新聞産業の将来にかかわるので、慎重に対応するよう強く求めます。

6、労使交渉のあり方について

 2020年春闘では、労使交渉自体が延期になったケースが出ています。多くの組合員は心身に不安を抱えながら業務に取り組んでおり、感染防止対策や補償のあり方などさまざまな課題についての労使交渉は停滞すべきではありません。

 交渉では広いスペースの会議室を利用して個々が十分な間隔を取り、場合によっては労使双方の人数を絞るなどの工夫が求められます。ネットシステムの活用も考えられますが、その場合には、経営側の状況がしっかり映像で映るようにすることが大切です。  また、対面での労使交渉に制約がかかるため、経営情報の情報開示が欠かせません。労使双方が納得して危機を乗り切るため、積極的な対応を強く求めます。