共同声明:長崎市・長崎市議会に性暴力被害者の早期救済を求めます
長崎市幹部(当時)が取材中の記者に性暴力を振るった事件をめぐり、長崎市議会で昨年7月、一連の市の対応を問いただす質疑の最中に「被害者はどっちか」という被害者を中傷するヤジが飛びました。
この事件は、市の原爆被爆対策部長(当時)が2007年7月、長崎平和式典に関する取材の最中に起こしたものです。被害にあった記者は、心に重い傷を負い、労働基準監督署が「業務上災害」、日本弁護士連合会(日弁連)が「人権侵害」とそれぞれ認定。記者が被害者であることは明らかです。しかし、加害者が市(田上富久市長)の内部調査が始まった直後に自死した上、別の市幹部(当時)が被害者を貶める虚偽情報を流したため、被害者は長年、二次被害にも苦しめられてきました。今回のヤジは、被害者側に落ち度があるかのような虚偽の風説を流して二次被害を起こした元市幹部の行動と同じであり、被害者の尊厳を今なお傷つけるものです。
被害者の代理人と新聞労連が長崎市議会の全議員に呼びかけたアンケートでは、市議会定数の3割(回答者中では約半数)の議員が直接ヤジを聞いたと回答しました。大きな声で公然と被害者への中傷が行われたと裏付けられました。また、事件当時にも同様の言説を聞いたと回答した議員が複数いました。市側が自らの責任を逃れるために虚偽情報を議会に吹聴していたことが窺われます。
残念なことは、「(ヤジを)発言したと思われる議員」の存在を認めながら、議長あるいは議会の総意としての当該議員への聞き取りすら行わないまま、「特定できない」として謝罪を拒否している佐藤正洋議長の対応を、市議会定数の半数近い議員が是認していることです。さらに、市が日弁連の謝罪勧告に従わないことについても、多くの市議が「当時のことや事件のことがわからない」「勧告の位置付けや審査を受けて出されたものか理解していない」等を理由に判断を留保しました。
日弁連は、社会における人権侵害を根絶して正義を実現することを最も重要な社会的責務として、人権侵害救済に全力を挙げてきました。この事件についても、被害者からの人権救済申立を受けた日弁連が2014年2月、5年間に渡る調査結果を踏まえ、①部長が「職務上の優越的地位」を濫用して記者に性暴力を振るったこと、②別の幹部も被害者を貶める虚偽情報(ヤジ発言のような風説)を広めて二次被害を引き起こしたこと―の2点を「人権侵害」と認定。市に対し、被害者への謝罪や人権侵害根絶のための措置を勧告しました。
長崎市は「市への聞き取りがなかった」と受け入れを拒否していますが、日弁連は市が提出した調査結果についても検討しており、言いがかりです。市議会に対しては昨年5月、新聞労連が各会派に勧告書を配布し、理解を求めましたが、今なお議員の多くが客観的事実に向き合わないことは残念でなりません。人権侵害に無頓着なヤジが飛んでも不問に付し、様々な機関の調査結果が出ても被害事実に向き合おうとしない議員の存在が、市の不誠実な対応を許し続ける要因になっていると考えます。
アンケート結果は、虚偽の風説が根強く定着していることを裏付けるものでもあります。性暴力の二次被害としての虚偽の風説は、日弁連勧告も指摘するように、女性に対する偏見や固定観念を土壌に生み出され、社会に定着させられます。虚偽を振りまいた者の責任の重大性と共に、これを放置した市の責任も重大であると改めて痛感させられる結果です。
そうした中でも、一定数の議員が、このような事態は不当で許されないという回答を寄せたことには、原告の訴えには正義があるという確信を強くしました。
今回のヤジについて、原告の記者は、「事件後の長崎市とそっくりで絶望した」「今もなお『性暴力の被害にあった女性こそ加害者だ』といわんばかりの言葉を議会で投げつけられるとは悲しい。なぜ、私のどこが加害者だというのですか」とつづったメッセージを長崎市で行われた「フラワーデモ」に寄せました。全国の女性記者や参加した市民も、核兵器廃絶を訴えながら性被害者の訴えを踏みにじる長崎市や市議会の対応に厳しい視線を注いでいます。
私たちは「長崎を最後の被爆地とするため」に、世界恒久平和の実現と核兵器のない未来の構築に向けて国際社会に発信してきた長崎市や長崎市議会に敬意を表してきました。新聞労連の運動方針には長年、「広島、長崎の核兵器廃絶運動と連帯し、実現を目指す」と盛り込んでいます。しかし、1人の女性の人権を10年以上も蹂躙し続ける市の訴えのどこに説得力があるでしょうか。
原告の記者が市の提訴に踏み切ってから丸1年となりました。被害者を支援する輪は女性団体やメディア関係者を中心に長崎でも広がり、市の対応を問題視する議員も増えています。「性暴力やセクハラの被害者がきちんと救済され、同じような思いで苦しむ人が出ないような社会になってほしい」という原告の願いを広げながら、長崎市と長崎市議会が一刻も早く、性暴力の事実に向き合い、被害者救済に向けて動き出すことを強く求めます。
2020年4月30日
長崎市幹部による性暴力訴訟原告代理人
弁護士 中野 麻美
弁護士 角田由紀子
弁護士 中鋪 美香
弁護士 太田久美子
日本新聞労働組合連合(新聞労連)
中央執行委員長 南 彰