北海道新聞記者逮捕問題—検証の必要性とポイント
道新記者逮捕問題を考える(1)
6 月 22 日、学長によるハラスメントなど不祥事 が続く旭川医科大学(北海道旭川市)の学長選考会議を廊下で取材中の北海道新聞記者が、大学に身柄を拘束され、警察に引き渡される事件が起きた。記者は建造物侵入容疑での現行犯逮捕(常人逮捕)となった。新聞労連は「知る権利」「取材・ 報道の自由」「組合員の安全」に関わる重大事案として、声明文(7月12 日)の発出などで対応してきた。事件については、一新聞社や記者個人の問題といった捉え方ではなく、報道機関全体における今後の取材体制やジャーナリズムの姿勢に及ぶもので、次世代への提言として検証し、現場の不備についても発展的な解決がなされなければならない。
都合の悪いことを探られたくない取材対象者が過剰な取材規制をかける動きをけん制したり、公的機関の説明責任を求めたりするといった観点も欠かせない。有識者の力を借りながら、新聞社や通信社などメディアの現場で働く新聞労連の組合員たちが自ら検証チームを立ち上げ、新聞労連と しての見解を社会に示し、この事件を検証するためには、論点を整理する必要がある。当該事案に関係する論考や有識者からのヒアリングを参考に 以下の3点について特に整理が必要だと考える。
■取材中の記者逮捕の妥当性について
まずは、大学当局の現行犯逮捕に関わる事実関 係の確認と逮捕の是非、妥当性についてだ。当該記者は建造物侵入容疑で逮捕されているが、逮捕の構成要件である「不当な目的」「許可のない立ち入り」について、どのような事実と解釈によってなされたかを究明する必要がある。北海道新聞(7月7日朝刊)の検証記事によると、旭川医大が新型コロナウイルス感染防止などを理由にした大学構内への立ち入り取材を禁止し、会議後に取材に応じることを内容としたファクスを報道各社に送ったのは、逮捕のわずか約30分前だった。旭川医大は、それまでも取材対応の悪さが目立ち、現地の記者クラブが抗議までしていた。
6月18日にも同じ場所付近で道新記者を含む数社と大学事務局との間でトラブルがあったとされる。逮捕当時、当該記者以外にも他に報道記者は大学構内にいたのか。旭川医大は身柄を拘束した際に当該記者を「記者」と認識していたのか。事件当日やその前後の期間の旭川医大側の判断や行動、北海道新聞社の事件への対応や道警旭川東署におけるその後の刑事手続き、処分内容に対する検証がなされるべきである。本件事案を議論もせず放置すれば、公的機関による逮捕を含む取材規制を助長するきっかけになる危うさもある。その是非を巡って議論するためにも事実確認がなされなければならない。
■取材手法について
取材手法についての議論も不可欠だ。旭川医大は、当該記者の取材のための録音を「無断録音」であるとして、北海道新聞へ抗議している。取材時における行動は基本的には記者本人の裁量で行われることが多く、その方法については、過去の経験の蓄積などから北海道新聞の「取材指針」のように、一定の指針が示されている社もある。取材手法に関する考え方や指針については、過去の議論から合理的判断がなされて組織内で共有されてきたものだ。外部の批判を受けたからといって、それまでの合理性を覆し、即座に変節すべきものではないことは自明の理だ。また、取材時などの録音に関して違法性を定めた法律はなく、私的な 無断録音や盗聴とは分けて考えなくてはならない。録音や公的施設内での立ち入り取材については、施設管理権、庁舎管理権などを根拠にした恣意的な規制が可能になる危うさもあり、「知る権利」などを鑑みて、丁寧で慎重な議論が不可欠である。
■取材記者の安全確保と会社の姿勢
最後に取材記者の身の安全確保について、会社や労働組合としての対応や備えについても検討が必要だ。北海道新聞社が公表した社内調査結果は、業務中の事案にもかかわらず、記者教育や現場記者のスキル、取材体制に問題があると言わんばかりの結論で、会社がなすべき対応について省みる検証が不足している。
それは、会社による現場への過剰な干渉を求めるものではなく、「業務の責任を持つ」「従業員を守る」という意味である。
新聞は民主主義社会におけるジャーナリズムの役割を果たす責務があり、知る権利への奉仕者として、取材規制に対する毅然とした態度を持ち続けることが求められる。報道界として同様の事案が起きた場合、どのような対応が可能なのか。取材中の記者が身柄を拘束された場合などを想定した緊急時の法的サポート制度の整備はその一案だ。米国などの事例も調査し、それを踏まえて業界に提言する一方、組合としての整備も検討の余地はあるだろう。
今回の逮捕事案による報道界全体への悪影響は大きい。公的機関の施設内での取材中の逮捕や、その後の北海道新聞の対応・姿勢が、報道界全体における取材萎縮につながりかねない状況にある。当該記者が逮捕された数時間後には、取材行為に違法性があると北海道新聞の編集幹部が判断し、実名報道の判断に至ったことは、とりわけ若手組合員の会社への不信感や、新聞社への就職内定者の不安を募らせた。新聞労連にはアンケートなどを活用し、取材現場の声に耳を傾け、新聞などメディアが抱える構造的な問題点も同時に探っていくことが求められている。
社員の教育やキャリアアップについては、ジェンダー平等の視点からも、旧来型の男性中心主義 的な編集職場におけるキャリア形成の諸制度への見直しを提言したい。
以上の論点を踏まえ、次世代に堅実なジャーナリズム、報道機関の社会的役割、充実した取材活動を引き継ぐため、新聞労連本部と労連新聞研究部が中心となって、組合員が自主的、主体的に検証作業を進め、北海道新聞労組の取り組みを支援する。
新聞労連委員長・吉永 磨美