2022年度新聞労連ジャーナリズム大賞・疋田桂一郎賞決定

「平和・民主主義の発展」「言論・報道の自由の確立」「人権擁護」に貢献した記事・企画・キャンペーンを表彰する新聞労連第27回ジャーナリズム大賞・第17回疋田桂一郎賞の受賞作品が決まりました。

今回の選考は、昨年紙面化された記事などを対象に、以下の4人による審査で、応募があった14労組22作品から選定しました。(昨年の応募は24作品)

【選考委員】
・安田菜津紀さん(Dialogue for People フォトジャーナリスト)
・浜田敬子さん(前BUSINESS INSIDER JAPAN 統括編集長・元AERA編集長)
・青木理さん(元共同通信記者、ジャーナリスト)
・臺(だい)宏士(ひろし)さん(元毎日新聞記者・『放送レポート』編集委員)

<補足>

新聞労連ジャーナリズム大賞は、当初新聞労連ジャーナリスト大賞として、1996年に制定されましたが、2012年に名称変更しました。全国紙、地方紙を問わず優れた記事を評価し、取材者を激励するために制定した顕彰制度です。「疋田桂一郎賞」は、2006年に新設されました。「人権を守り、報道への信頼増進に寄与する報道」に対して授与されます。新聞労連ジャーナリスト大賞の選考委員だった故・疋田桂一郎氏のご遺族から、「遺志を生かして」として提供された基金に依っています。専門紙・スポーツ紙賞は、2019年に専門紙賞として創設されましたが、2022年に名称変更をし、選考基準を明確にしました。

各賞選考

大賞(2件)

旧統一教会の政界工作など教祖発言録に関する一連の報道(毎日新聞東京本社デジタル報道センター・ソウル支局)

 安倍晋三元首相の銃撃事件を機にクローズアップされた旧統一教会と政治の密接なつながりを、膨大な文書の分析でファクトとして突き付けたスクープ性を高く評価する。インターネット上の情報をきっかけとした報道は「オープンデータジャーナリズム」の好例と言える。分析の作業量も膨大だったと察する。検索能力や語学力など多様な分野にたけた人材がチームを組める全国紙の底力を感じさせた。

土の声を 「国策民営」リニアの現場から(信濃毎日新聞社編集局「土の声を」取材班)

 東京、名古屋、大阪の3大都市圏を結ぶリニア中央新幹線の建設が進む長野県南部の山間部を舞台に、トンネル掘削に伴う騒音や残土処理、家屋移転、地方都市のまちづくりなど山積する課題を多角的に検証した。新しい交通インフラの整備に際して、地元紙は歓迎一色になりがちだが、事業主体となるJR東海の情報公開への消極性も指摘し、一貫して住民の視点に軸足を置いている。巨大事業の光と影を粘り強く報道した点を高く評価する。

優秀賞(2件)

水平社宣言100年・部落差別問題を取り上げた一連の報道(共同通信社水平社宣言100年取材チーム)

組織として部落差別の問題を取り上げようという強い意志を感じる企画だった。ヘイトスピーチ、ヘイトクライムが存在する一方で、「日本には差別はない」という言説がまかり通りがちだ。インターネット上での被差別部落の動画拡散など、ネット時代にはびこる差別を直視している。新聞労連として差別に真正面から向き合ってほしい、というメッセージを込めて賞を贈る。

沖縄の日本復帰50年を巡る報道(沖縄タイムス復帰50年取材チーム)

 市井の人々の日々の暮らしを1ページ特集として連日、伝えた「沖縄の生活史」と、米軍政下から続く経済的な自立の難しさの原因を追究した「すり抜ける富と知」の出来栄えが出色だった。公募した読者を聞き手とした「沖縄の生活史」は手法も新しく、オーラルヒストリー、郷土史としての価値がある。「すり抜ける富と知」は、貧困が問題になっている沖縄社会の根底にある基地依存・輸入型経済の源流を、日本復帰50年を機に探った好企画と言える。

特別賞(1件)

沖縄の日本復帰50年特別号(琉球新報編集局 復帰50年特別号編成チーム)

 沖縄の日本復帰50年の節目である2022年5月15日朝刊のラッピング紙面は、公道すれすれの低空を飛行する半世紀前と現在の米軍機の写真2枚と、復帰当時の1972年5月15日付紙面の復刻版を左右に並べる斬新な構成だった。50年前の紙面と全く同じ「変わらぬ基地 続く苦悩」との横見出しが、沖縄県民の憤りやむなしさを物語る。「うまんちゅ描く 沖縄の未来(あす)」と見出しを掲げた見開き紙面は、老若男女の明日へのメッセージを顔写真とともにカラフルに配した。柔軟な発想とレイアウトやビジュアルの訴求力を評価する。

専門紙・スポーツ紙賞(該当なし)

疋田桂一郎賞(2件)

「幽霊消防団員」や搾取される団員報酬の実態を巡る一連の報道(毎日新聞東京本社経済部 高橋祐貴)

 岡山支局に在勤していた2018年から継続して問題を追い、全国調査で普遍性を浮き彫りにして行政の対応を改めさせた。勤務地や担務が変わっても息の長い報道を続ける記者の執念に加え、それを支える組織の柔軟さを評価したい。消防団員経験のある読者からの反響や情報提供も多く、粘り強い報道を支える力になった。

那覇市内の認可外保育所の乳児死亡事故を巡る一連の報道(沖縄タイムス編集局社会部 矢野悠希)

 スクープとして報じた乳児の死をきっかけに、死の原因、保育所や行政の対応、保育所間のコスト削減競争にまでつなげ、問題点を丹念に伝えている。保育関係の死亡事故を巡ってはセンセーショナルで一過性の報道が目立つが、この報道は確かな問題意識を感じさせる。国内法の児童福祉法が適用されず、認可保育所の整備が遅れたため、無認可保育所が保育の受け皿になったという米軍統治下の歴史的経緯や、貧困率の高さ、シングルマザーの多さといった社会構造に踏み込む連載など、今後のさらなる展開に期待したい。

【選考委員会総評】

注)総評に受賞作品以外の一部を記載しておりますが、応募全作品名は公開しておりませんので、ご了承願います。

 応募総数は22作品(14労組)で、前回より2作品少なかった。2022年を代表するニュースであるロシアのウクライナ侵攻や安倍晋三元首相銃撃事件、長引く新型コロナウイルス禍をテーマにした報道は予想より少ない印象を受けたが、新聞社、通信社らしい組織を挙げた取材や、地元密着の問題意識に立脚した地方紙らしい好企画が寄せられた。

 最大の国内ニュースと言える安倍元首相銃撃の遠因となった旧統一教会の政界工作をネット上に存在する教祖発言録から裏付けて大賞受賞作となった毎日新聞の一連の報道は、スクープの力を強く感じさせた。初報から時間を経過してもなお、さまざまな切り口で報道を継続している点も評価できる。ストレートニュースでは毎日新聞の「ウイグル公安文書流出 『逃げる者は射殺せよ』など一連の報道」もスクープ性への評価が高かった。

 身近な問題を丁寧に報じた作品としては、信濃毎日新聞の大賞受賞作「土の声を 『国策民営』リニアの現場から」の出来栄えが群を抜いていた。読みやすいオーソドックスな構成で、国と大企業が推し進める巨大事業の問題点を住民の視点で描き切った。地元で読者とともに生きる地方紙記者の確かな視座が長期連載を可能にしたと言える。

 広島選出の河井克行元法相と妻の案里元参院議員の大規模買収事件で広がる政治不信を機に、住民の地方政治との距離や政治意識を探った中国新聞の「みんなの政治」も目線が低く、地道なルポとして評価できる。

 沖縄の日本復帰50年を巡っては、優秀賞、特別賞をそれぞれ受賞した沖縄タイムス、琉球新報だけでなく、毎日新聞、西日本新聞からも応募があった。米国軍人と沖縄女性との間に生まれた「アメラジアン」の存在に焦点を当てた毎日新聞の「アメリカーと呼ばれて 沖縄復帰50年」と関連の写真特集は、当事者でしか言えない切実な言葉が胸を打った。沖縄出身の写真記者が手掛けた写真の訴求力も強かった。連載「島とヤマトと」に代表される西日本新聞の復帰50年報道は、九州に軸足を置きながら、本土と沖縄の落差に迫った骨のある内容だった。

 同じく1972年の出来事である連合赤軍あさま山荘事件を機に発覚した集団リンチ殺人現場となった群馬県の上毛新聞が展開した連載「連赤に問う」は、若い世代の記者が当時の関係者を訪ねて丹念に取材を重ねた。

 水平社創立100年を機とした部落差別をテーマにした報道は全国紙、地方紙で複数展開されたが、応募は優秀賞を受賞した共同通信の「水平社宣言100年」関連報道のみだった。この他のテーマでも、力強い取材を展開しながら、応募に至っていないケースがみられる。一つの労組が複数の作品を応募することも可能だ。ジャーナリズムの多様性を示すため、積極的な応募を期待したい。

 戦争をテーマにした企画が多いことも、新聞労連ジャーナリズム大賞の特徴と言える。応募作からはウクライナ戦争への危機感が随所に表れていた。北海道新聞の「硫黄島の戦没者遺骨未収容問題と旧島民未帰還問題を巡る一連の報道」は、遺族とともに政府の遺骨収集派遣団に参加した東京支社の記者が一貫して手掛けた。愛媛新聞の「90年前の熱狂」は、倉庫から見つかった1931年以降の15年間に及ぶ大量の新聞スクラップを丹念に読み解き、戦時下のメディアの責任を浮き彫りにした。長崎新聞の「あの丘の約束 横山照子とヒバクシャたち」は、長崎で被爆者相談員を長く務める女性の思いを丁寧に伝える被爆地の新聞社らしい企画だった。

 デジタル展開を意識した企画では毎日新聞のウェブ連載「ついていったらマルチ」も興味深かった。若者にとって身近なマルチ商法の手口を記者が身をもって体験しながら伝える手法は、SNSでも大きな評判を呼んだ。紙の新聞になじみの薄い若年層へのアプローチとして大いに参考になる。

 若手記者の力作の応募が多かったことも今回の特徴だ。疋田桂一郎賞を受賞した毎日新聞の「『幽霊消防団員』や搾取される団員報酬の実態を巡る一連の報道」は、初報を放った岡山支局から東京本社に異動してもなお、部署の壁を越えて粘り強く問題を追い続ける記者の執念が頼もしい。同じく同賞を贈る沖縄タイムスの「那覇市内の認可外保育所の乳児死亡事故を巡る一連の報道」は、2年目記者のスクープから生まれたキャンペーンだった。このほかにも、いじめを受けていた北海道旭川市の中2女子生徒が凍死した状態で見つかった問題で、亡くなった女子生徒が生前、ツイッターに匿名で心情を吐露していたことを明らかにした共同通信の報道も、遺族と記者の強い信頼関係がうかがえる。先の見えない経営難で全国紙を中心に地方取材網の縮小が目立つが、若手記者が地方で切磋琢磨することはジャーナリズムの基礎体力向上にもつながる。今後も旺盛な探求心と軽快なフットワークで地域報道に力を入れてほしい。

 2019年に創設し募集を始めた専門紙・スポーツ紙賞には2件の応募があった。化学工業日報は、地球温暖化が深刻な問題になる中で重要さを増す国立環境研究所の大気観測に、ロシアのウクライナ侵攻が悪影響を及ぼす懸念を報じた。シベリアでの有人観測やロシア上空を航行する日本の旅客機を使った観測が中断する可能性を指摘したが、その後、ロシア側の協力や代替航空ルートの確保で大気観測は継続しているという。着眼点が優れているだけに、続報を重ねて新たな課題やニュースのポイントを探ってほしかった。日刊建設工業新聞は、職人育成に取り組む左官業の社長のインタビューを通して、建設業界の人材難や技能継承の難しさを伝えた。他業界に通じる普遍的な課題だけに、現場ルポや連載など多角的に取材も可能だったのではないか。

 前回は1件の応募があったスポーツ紙からは応募がなかった。スポーツ紙は一般紙以上にデジタル対応に熱心で、動画配信やSNSと連携した取り組みも活発だ。紙面だけでなくデジタル展開などの工夫も含めて審査対象に上ると、ジャーナリズム大賞全体の多様性につながる。