(長崎市性暴力訴訟の勝訴判決を受けて)

2022年5月30日

長崎市性暴力事件原告/弁護団
(弁護士:角田由紀子 中野麻美 中鋪美香 平山愛)
日本新聞労働組合連合 中央執行委員長 吉永磨美
モッシュ(もうセクハラを許さない女たちの会・ながさき)
NPO 法人 DV 防止ながさき
BPW(Business & Professional Women)長崎クラブ
ばってん・うーまんの会
新日本婦人の会長崎県本部
新日本婦人の会長崎支部
I女性会議ながさき
I女性会議長崎支部
(一社)大学女性協会長崎支部
長崎YWCA
日中文化交流会ながさき
N・WIP(ながさき女性国際平和会議)
長崎民主商工会婦人部
ながさき women’s ラボ
Take it!虹
長崎女性史研究会
矯風会長崎
言論の自由と知る権利を守る長崎市民の会有志


 本件は、①2007年に長崎市の原爆被爆対策部長(当時)が取材に対応して情報提供するとして記者にふるった職権濫用としての性暴力、②その後の市庁舎内及びメディアを利用した「プライベートな男女の関係」によるという虚偽の風説の流布と加害の隠蔽(二次加害)、③このような風説の放置と行政責任の回避についての長崎市の責任―を追及して2019年に提訴した事件です。
 これについて、長崎地方裁判所は、本日、被告長崎市に対し、記者に対する性暴力を職権濫用として記者の性的自由及び取材の自由を侵害した責任を認め、1975万8025円の支払を命じる判決を言い渡しました。
 原告はこの提訴の前に、長崎市の了解のもとに日弁連に対し人権救済申立を行い、日弁連は、原告のこれらの訴えが事実であることを認め、長崎市は原告の侵害された名誉を含む権利を回復させる責任があり、二度とこのような事態が発生しないよう原告の意見を聞いて対策を講じるよう求める勧告を行いました。しかし、長崎市は勧告を受け入れませんでした。
 今回の判決では、日弁連勧告に従うべき法的義務は認められないが、これに従わなかったという市の態度は、慰謝料算定に反映させるべきだとしました。

2.
 原告は、自らが受けた性暴力と二次加害は、記者の性的自由や名誉を侵害するのみならず、記者の取材及び報道の自由という「公共の利益・公共財」を侵害するものであると訴えました。記者はこの公共財の重要な担い手です。公権力を担う幹部職員が、情報提供を装ってふるう性暴力が長期にわたって心身の健康を損ない、名誉を侵害して記者の力の発揮を妨げることは、個人の尊厳を根底から踏みにじるものであることはもちろん、民主主義の動脈である報道を否定する行為でもあります。この職権濫用行為を「男女の関係」とする虚偽の風説の流布をもって隠蔽し、その責任を回避し続けることは、憲法に保障された人権と民主主義を無きものとするに等しいものです。卑怯極まりない差別的手段の行使をもって公権力による犯罪を無かったことにしようとしたもので、このような行政権力の行使は絶対に認められるものではありません。
 長崎市は、①加害部長が死んでしまっている以上事実はわからない、②記者側にも迂闊で被害を避けられたのに取材のために危険を冒した責任がある(過失相殺)、③虚偽の風説が職場やメディアに流布されたことについてはどうしようもなく責任はない―と主張してきました。

3.
 しかし、①について、「男女の関係」だというなら加害部長は自死する必要などなかったはずです。加害部長は、職権を濫用した性暴力を追及されることを恐れて、「男女の関係だった」という虚偽の風説を同僚たちと共有して振りまいたとみる以外にありません。加えて暴力の場は往々にして「密室」でありますが、加害者が「同意があった」と暴力を否定しようと、裁判所は、事実の訴えが具体的で、体験したものでなければ表現できないリアリティーがあり、かつそれが一貫しているときには、性暴力であることを認めています。
 また、②の「記者にも責められるべきところがある」というのは、性的暴行を受けたのは被害者にも落ち度があったはずだと決めつける「強姦神話」と呼ばれる差別的偏見に基づく責任の否定であって、到底許容できるものではありません。
 そして、③については、加害部長の自死と一部メディアが行った虚偽の風説の流布による被害者バッシングを、職権濫用に基づく性暴力を無かったことにして長崎市の責任を否定するために、大いに利用しました。単なる不作為や、手の打ちようのなかったこととは考えられません。長崎市が日弁連の勧告さえ無視したことがそれを示しています。
 男女共同参画社会基本法は、女性に対する暴力と差別の根絶について国や自治体の責務を定めています。長崎市も、この法律に基づいて男女共同参画基本条例やセクハラ防止条例を定めていますが、その行政責任を負う長崎市がこのような主張に基づき、原告の権利侵害を否定し、名誉回復さえしてこなかったことは、重大な背任行為というべきです。当時から現在まで市長を務める田上富久氏らは、裁判所に出廷し、「古いことなので記憶にない」「誠意は尽くした」と開き直りました。しかし、原告にとっては忘れられない加害であり、人権侵害は今もなお、鋭く行動の自由を制約し続けています。

4.
 記者に対して振るわれる公権力からの性暴力は、日常の労働問題であることが可視化されてきました。このような状況が改善されることなくして、民主主義も男女平等もありません。性暴力の可視化を阻んできたものが、違法な権力行使による責任転嫁であり、男女の属性を社会がステレオタイプ化してきた「ジェンダー規範」という差別的基準に基づく女性への責任転嫁です。
 本日の判決は、第1に、加害部長の暴力が職務権限行使に関連して行為及んだもので、記者の権利を侵害したとして長崎市を断罪しました。第2に、二次被害については、職権濫用を隠蔽する意図のもとに意図的に虚偽風説を流布させたとはいえないが、それは明らかに虚偽であると断罪しました。第3に、市には原因究明・情報を拡散しないよう注意する義務があること、二次被害の発生を予見できる事情を把握したときには防止すべく被告関係職員に対して注意指導すべき不法行為上の義務があるとして、虚偽風説の流布や週刊誌に情報を垂れ流したことによって原告の権利が侵害されたとして国賠法上の責任を認めました。第4に、長崎市が主張した、過失相殺や黙示の和解はすべて排斥されました。
 この判決は、取材現場において日常の労働問題となっている女性記者に対する暴力が、公権力の濫用として断罪されたこと、その職権濫用性を隠蔽する効果のある虚偽の風説についても責任を認めたことにおいて社会的意義が大きいと受け止めています。
 長崎市には、この判決の趣旨を踏まえ、早期に責任を認め、控訴を断念して謝罪すること、二度とこのような加害を繰り返さない措置を講じるよう強く求めます。核廃絶を求める平和宣言都市として女性の人権を確保する責任を十分自覚してこの問題に対処されるよう強く求めます。

以上