「新型インフルエンザ等対策特別措置法案」に反対する声明

「新型インフルエンザ等対策特別措置法案」に反対する声明

2012年3月23日
日本新聞労働組合連合
中央執行委員長 東海林智

 新聞労働者でつくる「日本新聞労働組合連合」は、新型インフルエンザ等対策特別措置法案の今国会での成立に強く反対する。集会の制限や土地の使用、物資の買い上げを強制的に行うことができ、多岐にわたる私権制限を可能とする法案であるにもかかわらず、法案作成のための会議は非公開で行われ、情報開示と国民的議論が全くなされていない。こうした対策に医学的効果があるのか、他に代替策はないのか、そもそも新型インフルエンザの発生可能性と危険性がどれほどあるのかなど、必要不可欠な情報が示されていない現状では、法案の成立を認めることは到底できない。

 法案は「国民の生命・健康に著しく重大な被害を与えるおそれがある新型インフルエンザが国内で発生し、生活・経済に甚大な影響を及ぼすおそれがあると認められるとき」(法案第32条、※1)との要件に基づき、首相が緊急事態を宣言すると定めている。緊急事態宣言は最大3年に及び(同)、都道府県知事が施設管理者と催しの主催者に中止命令を出す形で集会を制限することが可能になる(法案第45条)。

 しかし、この要件は極めてあいまいであり、対象は致死率が非常に高い新型インフルエンザにとどまらない恐れが大きい。2009年に世界で大流行し、政府が入国者の検疫や患者の強制入院などの強い措置を取って社会的混乱を引き起こしたものの、後に季節性インフルエンザと同程度の致死率であることが判明した新型インフルエンザのようなものであっても、集会中止命令が出される可能性が否定できない。集会の自由は、民主主義の基礎となる重要な権利として憲法で保障され、制限を加える場合は制限の必要性、有効性が明らかで、かつ必要最小限でなければならないとされている(※2)ことに照らして極めて不当であり、憲法違反の疑いがある。

 インフルエンザは患者の咳やくしゃみなどの飛沫と共に放出されたウイルスを吸い込んだり、手に付いたウイルスが気道に入ったりして感染する(※3)ことから、人と人とが一定の距離を置けば感染リスクは下がるとされる(※4)。09年の流行初期に米国などで感染し、航空機で帰国した後に感染が判明した患者は11人いたが、近くの座席の乗客や対応した乗務員約700人のうち、機内で感染したとみられる人はいないことが、政府みずからが発表した資料にも示されている(※5)。また、米国疾病管理予防センターは、熱や咳などの症状がある人に自宅にとどまるよう求めたり、集会会場に手洗い設備を多く設けたり、診察・治療できるようにしたりして、感染リスクを下げられるとする(※4)。こうした感染防止策を取った上で集会を行うことも可能だと思われ、乱用の危険性が大きい中止命令の規定は安易に設けるべきではない。また、満員電車での通勤など他の社会活動を禁じず、集会のみを制限することに、感染のまん延を防ぐ効果がどれほどあるのかについても疑問を抱かざるを得ない。

 なお、この法律は新感染症全般に適用される(法案第2条)。新感染症の定義のあいまいさや、私権制限を伴う対策に科学的根拠が示されていないこと、国民的議論がなされていないことは、新型インフルエンザの場合を上回っており、適用には強く反対する。

 法案では指定公共機関として日本放送協会が明記されたほか、公益的事業を営む法人の中から政令で定めることができるとされている(法案第2条6項)。また、指定公共機関は、その業務について新型インフルエンザ対策を実施する責務を有し(法案第3条5項)、首相や都道府県知事は指定公共機関に指示を出すことができる(法案第33条)などと規定されている。しかし、報道機関は自らの判断に基づき必要な報道を行うものであり、政府や自治体が持つ情報を監視する社会的使命を帯びている。報道機関に法律上の責務を負わせることは、権力監視機能を損なわせ、報道の自由と国民の知る権利を侵害する恐れが非常に強い。このため、新聞社、通信社などのあらゆる報道機関について、指定公共機関とすることに強く反対する。

(1)法案第32条「…新型インフルエンザ等(国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあるものとして政令で定める要件に該当するものに限る)が国内で発生し、その全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件に該当する事態が発生したと認めるとき…」
(2)最高裁平成7年03月07日第三小法廷判決
(3)国立感染症研究所「インフルエンザQ&A2008年版」
http://www.city.minamisoma.lg.jp/shinsai2/kensa/hibakukenshinkeka.jsp
(4)09年インフルエンザに関する米国疾病管理予防センターのガイダンス
http://www.cdc.gov/h1n1flu/guidance/public_gatherings.htm
(5)平成22年6月8日 厚生労働省「今般の新型インフルエンザ(A/H1N1)対策について(資料集)」59ページおよび63ページ  

以上