2020年度新聞労連ジャーナリズム大賞・疋田桂一郎賞が決定
「平和・民主主義の発展」「言論・報道の自由の確立」「人権擁護」に貢献した記事・企画・キャンペーンを表彰する2020年度新聞労連第25回ジャーナリズム大賞・第15回疋田桂一郎賞の受賞作品が決まりました。以下の4人による審査で、応募があった16労組40作品から選定しました。40作品は史上最多の応募となります。対象は、原則として2020年に新聞労連加盟組合の組合員が取り組んだ記事・企画・キャンペーンです。
表彰式は1月19日(火)午後5時から、日本教育会館(東京都千代田区一ツ橋2―6―2)で行う予定です。なお、新型コロナ禍のため、会場参加とWEB併用で実施しますので、受賞者の一部の方は、来場されない可能性があります。総評に受賞作品以外の一部を記載しておりますが、応募全作品名は公開しておりませんので、ご了承願います。
【選考委員】
・安田菜津紀(やすだ・なつき)さん(Dialogue for People フォトジャーナリスト)
・浜田敬子(はまだ・けいこ)さん(前 BUSINESS INSIDER JAPAN 統括編集長・元 AERA 編集長)
・青木理(あおき・おさむ)さん(元共同通信記者、ジャーナリスト)
・臺宏士(だい・ひろし)さん(元毎日新聞記者・『放送レポート』編集委員)
【選考結果】(敬称略)
大賞
(2件)
●子どもへの性暴力(朝日新聞「子どもへの性暴力」取材班)
●連載・エンドロールの輝き―京アニ放火殺人1年、連載・ユートピアの死角―京アニ事件(京都新聞編集局報道部「京アニ事件」取材班)
優秀賞
(3件)
●連載・「独り」をつないで―ひきこもりの像―(沖縄タイムス編集局社会部「家族のカタチ」取材班)
●ヤングケアラー 幼き介護キャンペーン(毎日新聞特別報道部「ヤングケアラー」取材班)
●眠りの森のじきしん(神戸新聞明石総局「眠りの森のじきしん」取材班)
特別賞
(2件)
●「時代の正体・差別のないまちへ」など、一連のヘイトスピーチに抗う記事(神奈川新聞川崎総局編集委員 石橋学=いしばし・がく)
●戦後75年 証言を掘り起こし「戦争死」の実相を探った一連の報道(琉球新報「沖縄戦75年」取材班)
疋田桂一郎賞
(2件)
●消防職員の自殺問題を巡る一連の報道(共同通信札幌支社編集部 石黒真彩=いしぐろ・まあや)
●記者 清六の戦争(毎日新聞情報編成総センター 伊藤絵理子=いとう・えりこ)
専門紙賞
(該当なし)
<選考評>
大賞(2件)
●子どもへの性暴力
(朝日新聞「子どもへの性暴力」取材班)
「魂の殺人」とも呼ばれ、受け止める社会の認識が不十分なままでタブー視されてきた性暴力について真正面から向き合い、被害の実相をセンシティブに描写するとともに、被害者の声や心に沿って丁寧に綴られた作品。子どもの頃に受けた被害について名前や顔を出して、当事者が語る姿を掲載した。覚悟を持って身内で起きた被害を語り、社会を変えたいと動き出した当事者の姿勢にも敬意を表したい。今も被害を隠したり、自覚せず、傷つき苦しんだりする当事者のエンパワーメントにつながったことが期待される。国内では全体像を把握されず、被害の認識を持って助けを求めることが難しく、なかったことにされることも多い「家庭内の性暴力」の実態を独自アンケートで、加害者の属性を可視化した。3部構成で展開され、子どもたちの性が消費される実態なども報じ、子どもの性暴力を多角的に切り込んでいる。この企画を通して、性暴力に限らず、被害だと認識されないために、当事者が助けを求めにくい社会構造に問題があるという視点を浮かび上がらせており、社会にその一石を投じた、という意味でもジャーナリズム的な功績は大きい。
●連載・エンドロールの輝き―京アニ放火事件1年、連載・ユートピアの死角―京アニ事件
(京都新聞編集局報道部「京アニ事件」取材班)
「エンドロールの輝き」は、2019年7月に起きた京都アニメーション放火殺人事件で犠牲になったクリエーター1人1人の足跡を辿り、それぞれの「生きた証し」を記録し、事件の悲惨さや命の尊さなどを伝えた作品。被害者報道のあり方について、実名匿名の賛否両論が出る中、遺族の理解を得ながら取材を進める難しさが想像される。ハードルの高い取材にもかかわらず、地元紙の使命として、地域で起きた重大事件の真相に果敢に迫ろうと意欲的に取り組んだ労作だ。その努力と熱意に敬意を表したい。「ユートピアの死角」では、多くの人が憧れるアニメ制作現場の働き方についても切り込み、偽装請負、低賃金、長時間労働など「やりがい搾取」といった、商業的、構造的な労働問題にも触れることで、立体的に事件の実相を浮かび上がらせている。新聞紙面の特性を生かした工夫にも目を見張る。全面カラーで犠牲者が描いたイラストやメッセージを並べ、視覚的に読者に訴える紙面を展開した。紙面製作に尽力したデザイン、紙面制作の担当者らの功績も称えたい。
優秀賞(3件)
●連載・「独り」をつないでーひきこもりの像―
(沖縄タイムス編集局社会部「家族のカタチ」取材班)
低所得、生涯未婚率、離婚率が高い沖縄地域の実情を背景に、失業や病気など困難に直面すると社会的に孤立してしまう親子の実態や背景を浮かび上がらせている。記者が当事者と時間をかけて信頼関係を築きながら、なかなか表に出しづらい心理的な部分など、問題の実像に迫る努力をしている。そして問題に潜む背景として、沖縄戦から重なる貧困の連鎖などまで辿りついている。新型コロナ禍でさらに貧困が拡大する中、声なき声を社会に届け、「助けを求めることが当たり前」だというメッセージを社会に投じることに繋がった功績は大きい。
●ヤングケアラー 幼き介護キャンペーン
(毎日新聞特別報道部「ヤングケアラー」取材班)
昨年3月、通学や仕事をしながら家族の介護をしている未成年の子どもたちの実態を独自調査した結果を一面で詳報し、未解明だった幼き介護の実態を丹念に追っている。このキャンペーン報道を受けて、「ヤングケアラー」の存在や問題の社会的認識を高まらせ、埼玉県が実態調査に乗り出した。10月には政府が実態調査を行う方針を固めるなど、国の政策立案過程にまでこぎつけた。「声なき声を届けて社会を変える」というキャンペーン報道の意義や新聞が果たすジャーナリズムの役割と可能性を堂々と示した点についても優れている。
●眠りの森のじきしん
(神戸新聞明石総局「眠りの森のじきしん」取材班)
兵庫県明石市に交通事故による後遺症で、「脳死に近い状態」と診断されて1000日近く眠ったまま学校に通う、重度障害者の少年と少年をめぐる家族やクラスの仲間など周囲を丁寧に追った作品。亡くなるまでの500日間、記者が事前に密着取材し、亡くなった1カ月後に連載をスタートさせることができた。亡くなった少年や家族から感じた、生きること、障害、命の問いかけに対して、記者が答えるかのように、ルポルタージュとして綴られている。記事とともに、近年、肖像権やプライバシー配慮などで掲載が難しい子どもたちの顔写真がふんだんに織り込まれ、視覚的に訴える力のある紙面製作についても秀逸だった。
特別賞(2件)
●「時代の正体・差別のないまちへ」など、一連のヘイトスピーチに抗う記事
(神奈川新聞川崎総局編集委員 石橋学)
川崎市の在日コリアンの殺害を宣言する脅迫はがきの差別事件を詳報するなど、県内のヘイトスピーチを行う団体の動きや行政の動きなどを連日報道している。地元紙の石橋記者が県内メディアを牽引し、県内でヘイトクライムの問題意識が高まって、川崎市が全国初の「ヘイト罰則条例」を施行した。数年にわたる、粘り強い報道が、問題解決に向かわせる政策作りにたどり着いた一因ともいえよう。地道で堅実な報道の大切さを改めて感じさせられる。
●戦後75年 証言を掘り起こし「戦争死」の実相を探った一連の報道
(琉球新報「沖縄戦75年」取材班)
75年という節目に南洋諸島までの戦闘、対馬丸撃沈、沖縄戦までの一連の流れについて、新証言や調査報道を積み重ねた労作。体験者が減少の一途を辿る中、戦争における死の実相を実際に目にして聞いた当事者しか語れない、生々しい証言を克明に記録したこの作品は歴史的資料という意味でも貴重で、後世に残るものになるだろう。新聞のジャーナリズムが持つ「史実の記録」としての意義を改めて感じさせる作品だ。
疋田圭一郎賞(2件)
●消防職員の自殺問題を巡る一連の報道
(共同通信札幌支社編集部 石黒真彩)
山口県宇部市の消防団員の自殺をめぐる問題で、背景にあるパワーハラスメントや金銭問題の実態を告発する遺書の中身を詳報した。遺族は遺書の早期公表を希望しているにもかかわらず、消防局側が「公表しないでほしいと要望している」ということを市議に伝えていることなどを報じて、当局側と市議の間で食い違いが起きている事実についても焦点を当てた。さらに広がりある取材を進め、消防の職場が抱えるパワハラ体質についても提起した。
●記者 清六の戦争
(毎日新聞情報編成総センター 伊藤絵理子)
日米激戦の地、フィリピン山中で発行されていた陣中新聞「神州毎日」を書いた伊藤清六の生き様と新聞社の報道を、身内の記者の視点から描いた。散逸した記録を探し出し、証言を求めて、岩手、南京、フィリピンなどを歩き、8年がかりの取材で仕上げた労作。新聞社と軍部の関係、戦意高揚による部数拡張といった負の歴史を綴ることで、戦後のジャーナリズム論の「権力とメディア」の関係について、考えさせられる。多くの反響から、昨年11月に「第26回平和・協同ジャーナリスト基金賞」奨励賞も受賞し、これからの平和報道の可能性を打ち出した作品ともいえる。
<選考委員会総評>
応募が昨年の25作品(16労組)から大幅に増え、過去最多の40作品(16労組)となった。新聞のデジタル化が進み、記者個人の表情や体験を織り交ぜながら、長めの文章で綴る新しい手法に果敢に取り組んだ作品や、綿密な取材を元にした記事と多彩なデザインを組み合わせ、ビジュアル的な効果を狙う新聞紙面ならではといった、作品も目立った。一方、応募作品は、連載やキャンペーン報道が顕著で、ストレートニュースによる特ダネが少なかった。とはいえ、応募多数ながら力作ぞろいで甲乙付け難く、選考が難航した。
毎日新聞はネットを軸に展開する取材部署「統合デジタル取材センター」などからニュースサイトを軸に展開した力作の応募が複数あった。キャンペーン「匿名の刃〜S N S 暴力を考える」や「やまゆり園事件は終わったか?〜福祉を問う」、19年7月から連載中の、戦後75年を迎えた今も戦争によって心身共に苦しむ当事者に光を当てた「常夏通信」など、いずれもネット時代のジャーナリズムや新
聞の可能性を感じさせるものだった。
戦後75年を迎え、丹念に資料や証言を集めて裏取り作業を丁寧に進め、過去の戦争の悲惨さ、理不尽さを伝える作品も目立った。戦時下の言論統制下、戦争を反対する記者が残れなかった過去の実態を生々しく浮かび上がらせた愛媛新聞の「反戦記者の苦悩〜轍(わだち)を掘る 愛媛の過去をたどって」や神戸新聞の「真珠湾攻撃『死後の選別』」、一連の報道や身内の戦争時の足跡を丁寧に追った秋田
魁新報の連載「祖父たちの戦争」などが際立った。また、過去の記憶の掘り起こしとは異なる切り口で戦争に迫った共同通信の「核兵器関連投資自制に関する一連の報道」も評価が高かった。戦後80年に向けて次々と語り部が亡くなり、戦争経験者である当事者の証言を得ることが難しくなる中、取材や切り口の工夫が求められていく。とはいえ、現代に生きる今の記者の視点だからこそ、書くことができる可能性も秘めている。今後の戦争・平和報道のあり方について、新聞労連に対して新聞研究部を中心に会社の枠を超えて、議論し互いに高めあいながら、さらなる発展を期待したい。
共同通信の「アスリートの性的画像問題に関する一連の報道」については、これまで取り上げられてこなかったスポーツ界におけるジェンダーや性被害の問題について、世間に知らしめる報道となった。
朝日新聞の「三菱電機の労働問題をめぐる一連の報道」や連載「技能実習生はいま」などの報道は、日本の労働問題を真正面から取り上げた作品として高い評価を得た。
また、地域が抱える社会的課題について、当事者の視点で丁寧に根気強く報道を続けた労作も目立った。新潟日報が19年2月から連載中の「素顔〜新潟水俣病被害者の暮らし〜」は公式見解から55年経った今も救済を求める裁判が続く新潟水俣病の当事者のありのままの姿を掲載し、地域ジャーナリズムを背負う地元紙がさらに幅広く共感の輪を広げようとする姿勢が感じられた。新聞紙面いっぱいに複数の写真を展開し現場を語る京都新聞の「リバーサイドストーリーズ」については、変わりゆく部落解放運動の拠点としての歴史を持つ崇仁地域の姿を追った連載だ。記者が地域住民との関係作りを丹念に行い、丁寧な取材を重ねてきた上で結実できたもので、ジャーナリズムの原点が感じられる作品だった。
また昨年年明けから始まった新型コロナウイルス感染拡大における報道は多岐にわたったが、関連する応募は共同通信の「新型コロナ治療薬候補 アビガンに関するスクープと一連の報道」だけだった。科学的根拠に基づかないまま、承認の期待が高まるアビガンに対して、懐疑的な視点を持ち続け、事実に即した報道を行った。新型コロナについては連日日夜、担当者が多角的に広範囲の現場で取材を進めている。未曾有の大事案にもかかわらず、各社果敢に報道を行っている姿勢について、敬意を表したい。報道の中身や評価について、業務が繁忙で整理がつかない状態にあるためか、新型コロナに関わる報道の応募は僅少だった。今後の各社の報道展開と次回の応募を期待したい。
全体的には、ネット掲載を前提にした記事は長めのものが多く、紙面とは違って字数に制約を受けずに書き込め、文体も書き手の「個」を全面に押し出した斬新なものも見られるようになっている。今後の新聞ジャーナリズムの発展を期待させるものが目立った。ネット配信を軸にしていて機動性ある取材体制が功を奏した結果も多く見られた。現場の記者が興味あるテーマを自由に設定し、タイムリーなトピックを即時で追いかけることができるようになり、新しい調査報道のスタイルやジャーナリズムの可能性が広がっていくだろう。
一方で、デザイン、写真を使う手法を意識的に取り入れ、新聞紙面の良さを全面的に打ち出した、「見せていく」紙面にこだわる発想にも期待したい。継続の課題となっているが、加盟社たちの報道で、応募作品以外にも多数の秀逸な報道があるが、応募されておらず、残念だ。また、2019年度から業界紙・スポーツ紙を対象にした「専門紙賞」を創設したが、1作品だけの応募にとどまった。新聞労連にさらなる改善を求めたい。